銀峰山 清水寺

 清水寺(せいすいじ)は、真言宗の寺院で、山門には、福光石に彩色して作られた不動明王と毘抄門天の立像と「銀華厳」と書かれた扁額がかかっています。
清水寺は、銀山開発と関係が深い寺院です。石見銀山は博多の豪商神屋寿損によって発見されますが、沖から陸に闇夜に輝く霊光が見えたため、船を付けさせ、清水寺に参拝し、帰り道で白く輝く銀鉱石を拾ったのが、発見の端緒だったと伝えられています。
また、大久保石見守配下の山師安原伝兵衛(安原備中)は、清水寺に七日七夜こもり、本尊の十一面観音に祈願して、釜屋間歩を発見します。この間歩からの運上銀は3,600貫(約13トン)に上ったといわれています。
その功績により1603年、家康に伏見城で謁見し、車上の蓬莱の形に積み上げられた銀をみた家康は感激し、着ていた胴服(羽織着)と扇子、「備中」の名を伝兵衛に与えました。この胴服は、安原備中の孫(十郎兵衛)により清水寺に寄贈され、辻が花染丁字文道服として国の重要文化財になっていますが、現在は京都国立博物館に寄託されています。

清水寺

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